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最初、すごく暗かったけど段々明るくなってきた芸人を観るbyアメトーク

さて本日はタイトルが長めのアメトークについて

アメトーク恒例の勇気シリーズといっても過言ではない。最初、すごく暗かったけど段々明るくなってきた芸人です。

では観ていきましょう。

オープニングにてプレゼン大会採用企画と発表され、宮迫さんは暗いですよと人気者は人気者だがどこかに負のオーラがあると

そんな紹介にて登場した芸人達、ノブコブ吉村さんは明るく振舞うも又吉さんの号令のもとくくりを発表。又吉さんは最初は暗かったが今は明るく・・・と言った瞬間に宮迫さんに暗いわとツッコまれるも

気にしすぎ、中学の時いけてない、人見知り芸人の集まり、さらに運動神経悪い芸人も集まり宮迫さんはトータル負のオーラ芸人と

初登場のたんぽぽの2人は白鳥さんは中学の時のあだ名がアゴドリル。宮迫さんに貴重品入れではないよねと、川村さんは挨拶をあまりしないとおはようと言った後に「ブスのくせに。」と言われていたと被害妄想。

ノブコブ吉村さんは昔暗かったと、又吉さん曰く昔の口癖が「俺はもう駄目だ」だが今の口癖は「一緒に伝説を作ろう」とのこと。

最初は暗かった頃の写真

又吉さんはピースの前のコンビ線香花火時代の写真。当時は笑顔が出せずライブやテレビに出ても良くスタッフに「又吉くんが戻ってきたら再開します」と良く現場にいたにも関わらず言われたそうです。

オール巨人師匠に楽屋に呼ばれて「お前、薬やってるやろ、絶対アカンぞ」と言われたことも

小沢さんは26歳の時に撮った宣材写真。昔は笑顔が上手に作れなかった。楽屋でも話掛けられるのがイヤでウォークマンを聞いて寝たフリをしていたそうです。

インパルス板倉さんは21歳の同期メンバーとの集合写真。森三中やロバートがいる中一人だけ腕を組んでいる写真。挨拶をしていたのに先輩に挨拶をしてこないと思われていて、挨拶を2回するようになって大丈夫になったとのこと。

麒麟・川島さんは22歳の初めての宣材写真。田村さんは笑顔だが川島さんは睨んだ表情。一度、トミーズの雅さんに食事に連れて行ってもらったが緊張して喋れず、最終的にお互い喋らなくなり20分後に雅さんい「暗っ!もう帰り」といわれたそうです。

ハリセンボンはるかはNSC入学の時の写真。一番ベストの表情で笑顔なし、大学に通うも4年間友達できず、人と会話を出来るようになるリハビリとして入学したが仲良くなれず楽屋で白いタオルを掛けて寝ていたら相方に死人と区別つかずと言われたことも

ノブコブ吉村さんは19歳のNSCの入学願書の写真。当時は正面を向けなかったそうだが、宮迫さんにアフリカ人の部族の奥さんと言われる感じ、吉村さんの舞台の映像も披露されるも舞台に出るのがイヤだったとのこと。北海道から出てきて山手線に乗った際に目的の駅で「すいません」が言えず下車できなかったことも、

笑い飯西田さんは結成前、ジョン・レノンのそっくりさんみたいな写真。宮迫さんは興奮気味に話し「暗いではなくジョン・レノンやん」と川島さんも当時楽屋に入って来たときに「革命家が来た」と思ったことも、西田さんも駅員さんに「キミはちょっとおかしい」と言われ連れて行かれ、当時レプリカの日本刀を持っていたことから「過激派だろ」といわれてしまったことも

白鳥さんは25歳の履歴書用の写真。白鳥さんのギンガムチェックのシャツがハリセンボンはるかと同じような柄で、オシャレしたい時はチェックの黒い奴にしていたそうです。自分でも暗くなった原因が分かっていて高校の時に友達がいなかったが修学旅行のバスのカラオケ大会で終わった後に「イエーイ、最高!」と言ったらイケてるグループに「あいつ盛り上がってるキモい」といわれて、世の中には盛り上がっていい人とダメな人がいると思い下を向いて笑うようになってしまったそうです。

この話からアゴが伸びたのは下を向いていたからと宮迫さんが言うと白鳥さん激怒して悲しい表情になっていました。

川村さんは27歳のピン芸人時代。一人でネタをやっている時は死んでるという設定でネタをしていたそうです。当時やっていた恨みのネタをスタジオで披露。ドロンドロンと言いながら登場し恨み節を言う悲しいネタでした。当時は飲み会に行っても自然と自分の前に空いたグラスが集まってきて仕方がないので厨房まで下げていた。小学校の頃にかくれんぼでトンネルに隠れたら最後まで見つからなかったとのこと。その当時は日本全国のトンネルを調べたこともあったそうです。

暗くなった原因は幼稚園の頃に担任の先生に「あの子暗くていやだわ」と言った後に他の先生に「楽でいいじゃない」という会話を聞いてしまった。小学校の頃は塾の先生に「お前の顔はたるんでいるんだよ」とビンタされたこともあり、明るくなろうと思い中1の入学の頃に引っ越したが中2の頃に男子に公園に呼び出されて向かい合わせのブランコで手を2時間なめられて逃げようとしたら靴で殴られ「これは俺の手だから」と言われたという恐ろしい過去を話していました。

この話にスタジオ騒然。

続いては明るくなろうと思ったキッカケです。

又吉さんは1~3年目は死神とイジられてなんとかしていたが4年目にハリセンボンはるかが現れて死神に称号や暗いという称号が奪われて舞台上で観ているだけになってしまったので意識を変えたそうです。

板倉さんは又吉さんの前の死神だったそうでライブの時も一番下で先輩にフッてもらって笑いを取っていたらいつの間にか又吉さんと似ていると兄弟なんじゃないかと噂が出るようになり、その時に又吉さんを楽屋で観てこのままじゃダメだと思ったそうです。

宮迫さんは死神のカマをリレーをしていると

ノブコブ吉村さんは又吉さんと同期で周りが明るくても又吉さんが暗かったので大丈夫だと思っていて又吉さんと遊んでいたらある時から又吉さんの体臭から線香の臭いがしたのでこれはヤバいと思って明るくなった。

はるかは暗い時期が続くと人から隠れようとする習性が身に付くそうで当時観につけていたものが全部カーキ色だったことがあるそうです。軍から支給されたんかと言われてコレではダメだと思った。

川島さんは自分の出演した番組を見て、自分が面白いと思っていたコメントが全部カットされていて、一言も喋っていない編集をされてしまったから

西田さんは劇場のチケットを手売りしていた際にダレも止まってくれず、待ち合わせの人を見つけて話しかけていたら彼氏が来て「人の彼女宗教に勧誘してんねん」といわれてしまったから

又吉さんは公園で一人で座っている女性に「お笑いとか興味ありますか?」と言ったら「お祓いですか」といわれたことが

小沢さんはオーディションに行っても一言も喋らず下を向いていたら、ディレクターに「そんなんでテレビに出れると思っているの」と言われてた際に相方が助け舟を出してくれたと思ったがそれをキッカケに自分はリアクションが出来ますと言って微妙な空気感になってしまったから

白鳥さんはピン時代に川村さんと仲良かったが、川村さんが事務所の女芸人全員に暗いと嫌われていて、こんなに暗いと嫌われるんだと思って明るく振舞うようになったそうです。

川村さんは着物着てネタをしていた際にお世話になった吉祥寺の占い師ナオミさんにこのまま怨みのネタを続けたら心の病になると言われたのでウェディングドレスを着てネタを始めるようになったが、その際のドレスにマシンガンという格好だったそうです。

続いては明るくなって出来るようになった事は?です。

又吉さんは02年のワールドカップの際にハイタッチを要求されるから下を向いていたが、06年ぐらいから出来るようになり、10年には余裕だったとのこと。

はるかは番組に綺麗目の女性ゲストが来た際に歓声が言えるようになった。川村さんが言うとうめき声に

吉村さんは勧誘を断れるようになった。状況当時は絵の勧誘が断られず偽者の絵が実家にたくさん届いてしまったことがあったそうです。

白鳥さんは渋谷で東急ハンズとロフト意外にパルコに行ける様になった。パルコはイケてる女子しか行けない場所で明るいものしか入れてはダメだと思っていた。

小沢さんは知らない人とお酒を飲めるようになった、昔は友達と行っても読書をしていたそうです。又吉さんは次長課長井上さんと一緒に食事に行った際に「先輩とおる時に長編小説読んだらダメだよ」と言われたことがあったそうです。

西田さんは電車に乗っていて普通に横に座ってもらえるようになった。今まではどんよりしていたのでまあまあ込んでいても隣が空いていた。だが宮迫さんはそれはジョン・レノンだったからとオノ・ヨーコさんのスペースが空いていただけだとイジっていました。

川村さんは収録で楽しいと思ったら笑えるようになったそうです。前は私なんかが笑ってはいけないと思っていたので笑いを我慢していたそうです。後は渋谷の東急とかでTバックを買えるようになった。ラインが出ないから買うそうです

板倉さんはかわいそうだと思っていたがTバックの話を聞いてムカついてきたとも

続いては明るくなってきた芸人が行く遊園地です。

今回は又吉さんが行った映像を見ることに、VTRフリも微妙な明るさでしたが、やってきたのはよみうりランド

まずはメリーゴーランド、微妙な笑顔で手をふる姿。メロディーペットに乗ると子供に一斉に笑われる悲しさ。絶叫マシンでは大声ではないがリアクションをしていました。

又吉さんは手を振るとか違和感なくというも川島さんに手を振るスピードがアンドロイドと

川村さんは中学生の時に八景島シーパラダイスの男女7人で行って途中で撒かれてしまったことがあったそうです。

続いてはもっと明るくなるためのスペシャル講座。登場したのはオリエンタルラジオ藤森さんとあやまんJAPANです。

無駄に明るいテンションについていけない芸人達。

まずは普段の仕事で使える明るいフレーズ。

スタジオに入ってきてカメラが回る前に盛り上げることとして藤森さんは「観覧来ている君カワウィーネー」とコレを板倉さんが実践してみることに、だが違和感ありありでやりやった後後悔した表情に、川島さんが挑戦すると

VTRフリでは

「VTRイッちゃいまショータイム」を又吉さんが実践することに、無理やり元気を出してやった感がまるわかりでした。何故かホトちゃんも巻き込まれやるもアレンジしすぎて宮迫さんに叩かれていました。

次はあやまんJAPANが白鳥さんに誰かにお礼を言う時に「ありがたまぴー」白鳥さん驚きながら見事やりアレンジとして「あげぽよ」ではなく「アゴぽよ」

はるかは今日の意気込みを聞かれた時に「頑張りマッスルスティック」を動きもつけて「ホントダメだって」と拒否し心臓を叩きながら気合を入れてやるも悲しい感じになりやり終わった後は昔のように暗い顔になってしまいました。

川村さんは収録の後に打ち上げに誘われたら?言う「イク時は一緒だよ」を頑張ってやるもあの世に行くのかよと言われて終了です。

という感じで終わった今回ですが、さすがアメトーク恐ろしい人がいるものです。

それはもちろん、たんぽぽの川村さん恐ろしい過去だ。これは中学の時イケてない女子バージョン是非ともやって欲しい。川村さんの過去が今までのアメトーク史上一番暗かった。

手をなめられるって何?どいういうこと

その他もまあ暗いエピソード話が多かったですが、流石はアメトークの勇気シリーズです。今回の放送を観て元気になる人がいることでしょう。

自分の小学からを考えるとまったく縁のない話で、だが元気すぎるのも問題があるんですが、普通に喋っていても声が大きいと言われてしまう悲しさです。トーンを上げているわけではないのに

そんなことはさておき、今芸人として売れっ子になっている人間達の話なのでいいですけど、暗いまま人生を終える人もいる。今は明るくても何かの出来事次第で暗い人生を歩む可能性もある。

この先誰もが陥るかもしれないと考えると暗い人生ほどイヤなものはない。

だが正反対のチャラ男とあやまんJAPANは明るすぎて疲れるタイプ。ああもなりたくはない。やっぱり中庸が一番です。

今回のは流石にゴールデンスペシャルで放送されると悲しすぎる過去が出てくるので深夜帯だけでお願いしたいものです。

ということで明るくなるといいことばかりです、下を向かず上を向いて頑張っていきましょう!

終わり!

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