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篠田麻里子の素顔に迫るbyA-Studio

本日はA-Studioに篠田麻里子さんが出演したのでそのことについてhttp://blog.mariko-shinoda.net/

卒業後、初のソロ出演番組だと思いますがいったいどのような話が聞けるのか楽しみにしておりました。

では観ていきましょう

鶴瓶師匠はこの時期に彼女が出ることはスゴイ嬉しいと思うということで紹介されたまりこ様。

O.Aの時は卒業しているということだが、良い時期にインタビューが出来ると鶴瓶師匠。昨年のFNS27時間テレビで全身金箔で会ったという師匠。

鶴瓶師匠は07年の紅白の司会の時に初めてAKB48が紅白出場、当時は単独ではなく秋葉原枠で中川翔子さんとリア・ディゾンさんと一緒に出演。

当時は今の状態になると予測していなかったでしょ?
あそこで紅白に出れたのがピークだと思った翌年は出演出来ず、その次の年に単独で出演。

東京に出てきたのは?
オーディションが19歳、高橋みなみ、前田敦子が14歳。自分より上が野呂佳代、佐藤由加理

その2人とは週1回愉快な日として会っているということで取材の話に

3人で温泉に行ったりするそうで、野呂佳代の舞台も見に行ったりするが舞台に出演する際に送った花に「横綱」と、そして見に行く時はハロウィンの時だったのでかぼちゃのサングラスをかけていった

更に野呂佳代の楽屋でブラジャーを被って寝ていたら、実はそれが別のキャストの人でヤバいとおもったことも

ディズニーランドに行った際もディズニーのサングラスをかけたまま気づかれないだろうと修学旅行生に写真を撮ってもらったら写真を撮った後に気付かれてしまい集団で追いかけられたので帰る羽目に

野呂佳代の写真集を撮ろうということで築地でマグロの横に並んで打ちあがったマーメイドというタイトルで撮ろうとしたら断られ、全身タイツ姿でお台場で撮影しようとしても拒否された。

佐藤由加理はAKB初期お金が無いからボクシングジムで住んでダンボールをひいて寝ていた。まりこ様も友達の部屋に泊まらせてもらうために1万円払い、ご飯を食べるお金が無いのでカイワレでスープを作って食べたことも

AKBは芸能人と言うよりも練習生という扱いで給料というよりはちょっとした交通費で生活していた。

1期のオーディション落選した際に、となりにいた佐藤由加理には勝てるだろうと思ったら自分が落ちた。落選後はアルバイト程度にカフェで働きますか?と言われたのがきっかけ

鶴瓶師匠が秋元さんに聞いた際にそれは作戦?と聞いたら僕はまったく知らなかった。たぶんどっかのキャバクラに行くだろうと思っていたら当時のアンケート式の総選挙でカフェっこの麻里子ちゃんがイイ!という声が多くて選ばれたが「4日で12曲踊りと歌を覚えれる?覚えたらメンバーにしてあげます」と言われたのでやるしかなかった

ダンスの経験もなかったので怖かった。

途中から入るのは恐く、メンバーはアットホームに迎えてくれるが自分が一匹狼みたいな思い出入っていてずっと1人でいたことも

当時はファンの方とかも生活が苦しいのが分かったのか炊飯器をくれたりプレゼントが全然可愛くないモノだった。

東京の母と慕うマティさんは家に行くと寝ていてその時に握手会とわかるぐらい手が握手の形がしていた

最近握手しすぎで肩甲骨が右上がりになっていたと言われたとまりこ様

似顔絵描くのが上手いときいたけど?
野呂さんの画を書く時は豚の画を書く。まりこ様は鶴瓶師匠も書きやすい顔してますと言う事で似顔絵を書いてもらうと師匠そっくりの画が

AKBのオーディションを受ける前にデザインの専門学校に行っていて本当はデザイナーになりたく芸能界に興味もなかったが10代の終わりに何か残したくてオーディションを受けた

ここで中学・高校の同級生に聞いた話では
なんでAKBに興味を持ったのかわからない。親友のまどかさんが持って来てくれた卒業文集を観ると「10年後の私は、たぶん結婚していない、服を作ってうでをみがいていると思う、ってかそうしたい。そしてつねに自分をみがいてキレイな女性になっている・・・と思う。」

今年ブランドを立ち上げたということで友達3人がオープンした時に文集を持って来てくれて「夢かなったね」と言ってくれた。

アイドルをやっていずれ自分は?という思いは持っていたが10年後の夢ということで縁があって今年だった。幸せだが真っ直ぐそっちの道に行かないでAKBを経験させてもらったことも幸せ、AKBじゃなかったらこの番組にも出れていないし鶴瓶さんにも会えてなかった。遠いようで近道だった運命かなと

AKBのメンバーになる際の宣言もここでやらないと自分のチャンスを逃すとこれは掴まないとと思った。チャンスをつかんだのはじゃんけん大会で優勝した時

当時は160人くらいいた中で1位。じゃんけんをする際は拳を合わせて気をだし、途中から相手が何を出すのか分かっていた。チョキを出そうと思ったら勝手にパーをだしていたことも

その時に手にした楽曲「上からマリコ」は当時ミリオンを連発していた時期なのでプレッシャーはあった。自分の名前がついているし誰が聴くんだろう?と

歌は上手いの?
歌はそんなんでもない。

佐藤さんの下手さは息継ぎの出来ない下手さ、自分はピッチが合わない。音に当たらない「上からマリコ」はこの時代に生まれてよかったなと

センターの曲は歌い出しが大抵センターだが3人で歌い出しだしソロもない。周りの子にカバーされながら

12年の総選挙での「私を潰すつもりで来てください」は、最初からチャンスを掴んでない選抜でもないしオーディションも落ちているし、若い時はきつい事イッパイしろと親に言われていたので部活もしたしAKBのレッスンもきつい事をとにかくやっていた。きつい事を一杯やって来たからこそ先輩として言えるのかなと

今回の総選挙で卒業を発表した時の話

秋元さんにはずっと1年間辞める時期はいつでもいいよと言われていて自分が納得出来たらやめなさいと言われていたので、総選挙みた時に後輩たち頑張っているな自分も新しいスタートを切ろうと思って、その時に秋元さんに今日行ってしまってすいませんと言ったら「カッコ良かったよ」と言われた

仲良し3人組の話
温泉行った際にも部屋のお風呂に入る。絶対に体を見せない。メンバーとは裸の付き合いがある。

これからどういくか楽しみと鶴瓶師匠。仲良しの2人は卒業旅行行きたいと言っていたよと伝えて鶴瓶師匠の語り

総選挙とか白日の下にさらされる3位になっても6位になっても落ちたと言われ、入れない子もいる。1位になってもツライ芸能界でも昨日まで売れていた奴がいなくなっても発表されない。だが年に1回発表されるあの若さでずっとドキドキしていたが卒業してスッとしたと思う。秋元康に朝電話したら「あの子は強力の意思の強さを持っている、スゴイ」一番楽しい時期に出会った人が好きになった人がいても「私は夢を叶えるまでこの人は運命の人じゃない」と言い切る。自分の意思を貫くためには出てきた好きになった人も運命の人じゃないと思うほどの意思の強さ、秋元康曰く「あいつは鉄の女」。これからですよね夢を叶えてそして篠田麻里子がここから始まる

最後は卒業したからこれからは良い人とも出会いたいなと

という感じで終わった今回ですが

今回の苦労話ですかかいわれを食べて生活していたとかまったく今のAKBからは想像がつかないです。だからこそ今のAKBがあると先輩たちが7人の観客から始まった舞台を経験したからこそ今のドームツアーが出来るようになっていると

1期から何期ぐらいまでは生活厳しかったんだろう?今回のような苦労話ってあまり聞いた事が無いのでホント驚かされました。

芸能界なんて必ずしも売れるとは限らない厳しい世界ですしAKBだった本当はどうなっていたかわからないですからね。

あと驚いたのは握手のしすぎで肩甲骨がズレているという話は驚きましたね。僕も握手会に行っているのであの大変さは観ていると感じますが彼女たちは笑顔を崩さずに対応している姿を見るとスゴイなこの子たちはとホント思います

さらに鶴瓶師匠が最後に言っていましたけど自分の順位が白日の下にさらされるのは今の芸能界ではそうはないです。そのプレッシャーを感じながら1年間活動する苦労は我々には分からない事

とにかく48グループに対して色々意見がある人はいると思いますがコレだけは言えます。彼女たちは想像以上にスゴイことをやっているそれだけは認めてあげて欲しいと改めて

ということで卒業前の収録ではありましたけど非常に面白い内容でした。

終わり!

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